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なぜ、当協会にとって、佐藤優の出現が「事件」なのか、ひとこと補います。
佐藤は「二人のカール」を大切にしています。思想界にそういう人を小生は知りません。ただひとり、『バルトとマルクス』を書いた滝沢を除いては。
佐藤は「国家(天皇制度)と神とマルクス」を結ぶ「メタ論理」をもとめています。これまた他に人を知りません。ただひとり、『バルトとマルクス』とともに『日本人の精神構造』を書き、最後に「純粋神人学」に至った滝沢を除いては。
佐藤の登場は滝沢の再来と思われるのです。ただ、佐藤はまだ件の「メタ論理」をもっていない。告白のとおりです。だとすると滝沢最盛期の思想が俄然意味をもってくる次第です。
佐藤と滝沢、その他様々共通点がありますが、その本質的な関心における上記の共通性は特筆すべきでしょう。その差異とともに、佐藤の出現が協会にとって事件である所以です。
(佐藤については「掲示板 for mania」にも以前書き込みました。上記はその後の学習を含めての見解です。なお、当該掲示板は遠からずいったん閉鎖する予定です。)
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