|
|
シュタイナーの著「天使と人間」の中の「人間の魂と宇宙存在の三つのであい」から、その第三の出会いである「父の原理との出会い」について書いてみたいと思います。
「人間はこのような第三の出会いを『世界を貫くものとの出会い』そして『自分の中に存在するのか、世界の中に存在するのか、区別することのできないものとの出会い』として感知してきました。つまり、人間はこの出会いを通して、自分が世界の中の自己と一つに溶け合うのを感じ取ってきたのです。・・・・正しい感受性を備えている人には、それは様々な宗教において『父』と呼ばれているものとの出会いであることがわかります。」
「従って、私たちの人生の準備期間に、教育は人間と父の原理との出会いが本当に深い部分で可能になるように働きかけるべきなのです。この場合、教育は、極めて多様な手段を用いて働きかけることができるはずです。つまり、教育を受ける時期の人間に、世界の壮麗さ、世界の偉大さ、世界の事象の崇高さについての感情を正しく発達させるように促すとき、このような働きかけは可能になるのです。」 p182〜p184
シュタイナーが上記のように語る「父の原理との出会い」とは、滝沢先生が語る「神われと共にいます」という真理のことと同じであると思います。
その語る内容の差異についてはよく把握できていないので書かないことにします。
ここで問題にしたいのは、「教育は人間と父の原理との出会いが本当に深い部分で可能になるように働きかけるべきなのです」とシュタイナーが語るそのことの正当さについてです。
無意識のうちに感じ取っていた近代以前の人々に比べて、近代にいたり、このことは人間にとって本当に難しいものとなってきました。どうしたらいいのでしょうか。
そのことについて明日書きたいと思います。
|
|