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連続を中断してごめんなさい

 投稿者:石川勝之助メール  投稿日:2017年 6月21日(水)19時42分28秒
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  藤井4段の28連勝、巨人の10連敗などと比べれば近藤君のチャット3回連続などはまだまだ騒ぐほどではない。
しかし独占状態が継続するのは好ましいことではないのでチョット連続状態を遮断しようと投稿することにした。

今日午後我が家の周辺は風雨が荒れ狂った。
近所のある高齢者は自宅の外壁を見張っていたところ強風に煽られて横転、骨折したとか伝えられている。
全く同情の余地はないし、むしろ近所迷惑の話だ。
この風雨の間訪問者もないので落ち着いて読書三昧に集中、意外と能率が上がった。
これを晴耕雨読というのかナ。
夕刻雨は収まったので、かねてから気にしていた濡れたベランダの鳥の糞を雑巾がけ、見違えるようにきれいになった。
その後自分の両手はスベスベになったのに気づき一人でにんまり。
ご婦人は美容に鳥の糞を原料とする化粧品で顔を洗うそうなので、これからも時々鳥の糞を片付けるようにしようかなと考えた。
その糞にはなにかはわからないが樹木の種が入っていた。
庭に捨てるとこれから苗木として成長しても困るので、使用した雑巾と一緒にゴミ箱に捨てた。これで運動不足も解消したので一石三鳥だと満足。
 

映画「スカブロ」鑑賞記

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 6月19日(月)23時01分56秒
返信・引用 編集済
  横須賀を舞台とする映画「スカブロ」を観て来ました。
この作品は監督はじめ出演者やスタッフが横須賀に馴染みのあるが顔ぶれが多いそうです
目玉は主演の窪塚俊介君、彼は横高卒で何期かは調べ中、慶応大学工学部卒、気象予報士の資格を持ち、兄の影響を受け映画の道に転向した異色の俳優とのことです。

この映画を観たい思い早速パソコン検索の結果は、神奈川県内での上映館は横須賀HUMAXシネマズの一館だけとのこと。
ということは見失うこともありと思い、本日6月19日の午後、横須賀の上映館に出向きました。

県内唯一つの上映館は汐入のスパーAEONの4階、私はダイエー以来の数年ぶりに訪れました。
以前より館内はさらに荒れが目立つのは、横須賀の人口減少に合わせたような寂しさを感じさせます。

上映はスタジオ6で午後の部の13:55開始、平日のウイークデーの午後ゆえに約200席の客席で、女性8割、男性2割の計30人程度で平均年齢70歳の顔ぶれです。
中でも女性グループ2組の内の1組は小泉新次郎が登場するわよと開始前のロビーで囁いており、あるいは彼の熱烈なフアンなのかも知れません。

私はこの映画の筋書きは全く知らず、上映開始から約30分間は内容のないドタバタと女性グループのおしゃべりにうんざり、一時は席を立とうかと思った程でしたが、
中盤からはどうやら普通の映画らしくなり、例のグループのおしゃべりも静まり、最後まで鑑賞出来ましたので、以下あらすじを紹介します。

横須賀で日本人の母親と黒人の父親とで生まれ、その後アメリカに渡ったハーフ娘が母親を探しに横須賀を訪ねます。
そして、ドブ板通りを根城とする窪塚兄弟や飲み仲間が協力、母親を探し出しました。
母親は娘を生んでから、交通事故に合い過去の記憶を喪失、その後ピアニストと結婚し、葉山の海を見渡しながら車椅子ながらも、夫に支えられた幸せな生活をしており、
ハーフ娘に会っても、最初母親は娘を思い出せません出した。

娘は落胆し羽田空港からアメリカに飛び立つ寸前に、娘が再会した時に渡した昔のオルゴールで、母親は幼かった娘との昔の記憶を取り戻します。
そして窪塚君運転の車で大至急空港に駆け付け、途中スピード違反でパトカーに捕まり、パトカーの巡査がなんと窪塚君の父、まあお目に見てやれでどうにか空港に間に合い、
母と娘は互いに抱き合い目出度しという筋書きです。

この映画の主役はドブ板通りかも知れません。
このユニークな場所をベースに脚本が構成されたようで、窪塚兄弟やドブ板通りに縁のある様々な人物が登場、場面に観音崎ホテル、三浦学園、馬堀住宅、
等々横須賀市民の知っている場所がお店が現れ、おまけに諜報機関にやくざ、さらに海軍カレーも加わり、前半は筋書きがさっぱり判らないドタバタ。

中盤辺りから「みなとのヨーコ、よこすか」の歌詞にもじった母親ヨーコを探す内容が定まり、最後に小泉新次郎氏が一幕登場しハッピーエンドというたわいもない筋書は横須賀PR映画のようです。

この映画は横須賀に多少なりとも縁のある人なら興味を示すでしょうが、そうでない人にはお決まり筋書きで、上映は県内限りに終わるかも知れません。
但し、主演の窪塚俊介君は結構さまになり、この映画には勿体ない素質を備えた優良株であり、今後彼に「山崎努」のような役をさせたら、伸びるぞと思ったのが我が印象です。

付記:
映画終了後、傷ついた米海軍のイージス艦がいないかと、横須賀湾を見渡しましたが見えませんでした。
最新鋭のイージス艦がたかだか2万数千トンのコンテーナー船の頭突きで致命傷を受けた姿を見られるのは国辱であり、戦前の日本なら闇に葬らかも知れません。
深手を負ったイージス艦は恐らく大衆の目の届かない基地の奥深くに係留されていると思いました。




 

メクラ判

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 6月14日(水)19時02分7秒
返信・引用 編集済
  本当かウソかわからない昔話。

入社したばかりの女性社員が、上司に「メクラ判を下さい」と真顔でお願い、上司は純真そうな彼女に本心を見抜かれたと思い、一瞬目をシロクロ。
今はどうか知らないが、私達の現役時代の社員のハンコは、名前はひとりひとり固定していて、毎朝クルリと廻しピンセットでその日の日付けを替える作りになっていました。

彼女は、そのハンコの作りを見て、ハンコの名称をメクラ判と思ったのでしょうか、あるいは彼女に頼んだ先輩が日頃の上司のメクラ判を知ってのことで、
彼女に冗談半分に「メクラ判をもらって来て」と頼んだので、うぶな彼女が上司のハンコを貰うことを「メクラ判を下さい」というのが社内用語と思ったのかも知れません。

石川君のチャットに「メクラ判」という懐かしい単語があるので、数十年前の昔話を想い出しました。


 

名古屋続編

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 6月 5日(月)10時32分27秒
返信・引用 編集済
  日本の三大都市の庶民の特徴は昔から、東京は「宵越しの銭は持たぬ」、大阪は「食い倒れ」と言われている。
一方名古屋人に対しては、「見栄坊、ドケチ」が該当するようである。
新幹線で主要都市が短時間で繋がる現代になると、これ等の表現はかなり薄れてはいるが本質は消えてはいないようです。
そこで名古屋で過ごした学生時代を想い出し、名古屋人について少々書いてみたいと思います。

先ずは「見栄坊」
その1.結婚式
一昔前、花嫁さんの実家では、嫁入り道具一式を台車に載せ、家の周りをぐるぐる廻りこれ見よがしにご近所に道具沢山のデモンストレーションをする習慣があったそうです。
「本当?」と名古屋育ちの我が友人の奥さんに聞くと、「そんなのオーバーよ」真向から否定されたが、昨今はともかく、嫁入り支度の費用は他の地域よりも多いようで、
その分を所帯を持ってから旦那は嫁さんや嫁さんの実家から絞られるという話です。
生粋の名古屋人夫婦の友人にその辺りを訪ねたことがありましたが、答えは「それは大昔の話だ」とごま化されました。

その2.仏壇の立派なこと。
関東の家は仏壇は一般的に質素であるが、名古屋の家々の仏壇は金ぴかの豪華な仏壇が多いのは事実です。
この云われを聞いたことがあるけど忘れました。
また人の家を訪れた時に、本物のお茶を出される場合が多い。
学生時代、アルバイトで家庭教師をしていた家で、よくお茶を出されたが、茶の作法を全く知らない私をさぞや育ちが悪いと思われたと思います。
このように見栄坊やキンキラキンはどうも秀吉時代から残っているのではと思います。

次は「ドケチ」
名古屋名物の次の食べ物に現れています。

その1.ひつまぶし
関東、関西のウナギの蒲焼のうな重やうなどんに対し、名古屋では「ひつまぶし」というスタイルに変わり、これが名古屋名物になり登場します。
うな重やうなどんはご飯の上に、半切の蒲焼でーんと載っています。
一方名古屋名物「ひつまぶし」は蒲焼はこま切れで中段に、その上にご飯が載っています。
蒲焼を小さく切ることで、どんぶりの数を増やそうという料理人の知恵かどうかはわかりませんが、値段は東京、関西と同じです。

名古屋は木曾、長良、揖斐川の三大河川の河口に近くまた浜松にも近いので、ウナギには東京や関西よりも恵まれています。
そこで名古屋人いわく、「ひつまぶし」の蒲焼の量はうな丼と同じであり、蒲焼を飯にまぶすことにより味がどんぶり全体に染み込まむのだ、との弁です。


その2.木の葉どんぶり
学生時代、財布の中身が乏しい時に「木の葉どんぶり」というのをしばしば注文しました。
本物のどんぶりは、ご飯の上に油揚げかたっぷりと載っていますが、木の葉どんぶりはご飯の上に油揚げが木の葉のように漂っているのです。
名前は素敵ですが油揚げの量は半減、その代わりお値段は2/3、侘しいけど味は我慢です。

さて「見栄坊」と「ドケチ」の名古屋根性は、現代のトヨタ躍進の「カイゼン」につながっているのかもしれません。これが名古屋の特徴です。






 

名古屋の話はどえりゃあおもろかったでよう

 投稿者:石川勝之助メール  投稿日:2017年 6月 3日(土)22時28分52秒
返信・引用
  「おみゃあさんの名古屋の話はどえりゃあおもろかったでよう。」
(あなたの名古屋の話は大変面白かった。)
私は現役時代2回にわたり合計で約15年間名古屋に在住した。
名古屋は一時タモリのギャグのネタにされ関東や関西で揶揄され、
少々誤解を招いたが、中京の名に恥じない日本の真ん中の代表的中核都市。
特に自動車、陶器、機械は依然として出荷額では日本一を誇っている。
尾張名古屋は城でもつとの言い伝えはよく知られ、第二次大戦で壊滅的空襲を受けたが、
その後の都市計画で整備された道路は広く、車社会の先駆者。
東京、京都、大阪に比べ文化遺産の蓄積の面でやや見劣りするが、
最近徳川家の家宝を展示できるように整備されたことはご同慶の至りである。
戦国の武将を輩出したことは有名だが、その他、近郊にある犬山城、岡崎城
はしばしば話題を提供している。
数日前の朝日新聞に犬山城の記事が掲載されていたが、
この城は我が横八の成瀬哲郎君の祖先が城主であった。

名古屋はあのドラキチに支えられているプロ野球中日ドラゴンズの本拠地、
今シーズンは下位に低迷しているがこれからどうなるか気になるところ。
名古屋勤務の愚息の職場の上司は熱狂的ドラゴンズファンでドラゴンズが
負けた翌日に社内の稟議を提出すると却下され、
勝った翌日だとメクラ判で全てOKとのこと。

伝統的名物食品はと言えばういろう羊羹、きしめん、かしわ(鶏肉)。
「マンダ名古屋へ行ったことがないなら一度行ってみやあ。」
(まだ名古屋へ行ったことがないなら一度行ってみてネ)

 

名古屋に寄る

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 6月 3日(土)12時20分0秒
返信・引用 編集済
  5月25日、出身大学の同窓会が愛知県犬山市で催され、帰路名古屋に寄り徳川美術館、徳川園を鑑賞しました。
当美術館は尾張徳川家の宝庫として徳川家康の遺品を中心に大名道具が一万点以上、なかでも源氏物語絵巻が近年脚光を浴びています。
また尾張徳川家の邸宅である徳川園は広大な日本式庭園は徳川家の威光を偲ぶには余りある景勝でもあります。

という観光名所を今回はこの機会に訪れてみようと計画しました。
久々の名古屋、この場所はどの辺であろうかと地図を広げると、なんと私が一浪後の昭和32年(1957年)、教養課程の大学分校の近くの最初に下宿した場所から
1キロも離れていない所にあったのです。

当時は今と違い名勝を訪れるという世相が薄かったのか、私の関心が別の方に向き歴史や景勝に関心が無かったのか、徳川美術館や徳川園が荒れており
訪れる対象になっていなかったのかも知れません。
とにかくそれほど凄い場所であるとは全く知らず、思い出されるのは「徳川園前」というバス停の名称だけというのが往年の私の記憶です。

ということで、今回同窓会の翌日の午後に是非とも名古屋市内に立ち寄ろうと計画し実現させました。
徳川美術館を2時間鑑賞、展示は東京や鎌倉の美術館の陳列品とは桁違い、美術音痴の私でも判るであり超絶品、特に名刀、着物、磁器、屏風等々は
今後二度に日本に出現することはないであろうと日本の歴史、伝統美、心を感じました。

また、徳川園は園内に落差4m程度の滝や渓谷まであり(今はモーターの力を借りているのでしょうが)徳川の財力や威信による造園美の別格さを偲ぶには十分でありました。

その晩は名古屋のビジネスホテルに一泊、翌日は名古屋駅からの新線「おおなみ線」で24分金城埠頭に数年前にオープンした「リニア・鉄道館」へ。

この施設はJR東日本の大宮の鉄道博物館の後、JR東海が東海道新幹線で大稼ぎの資金力を投じ、既設鉄道博物館の良い所取りの最新の鉄道博物館です。
展示品は在来線の各種の特徴ある車両から新幹線の歴代車両と子供に大人気のドクターイエロ、そして目玉は建設中のリニア車両の展示と原理の説明で、
子供から大人までも十分に楽しめる素晴らしい施設です。

さて、リニアの説明コーナーでは、リニアの原理による浮上、走行の基本動作は当然ながら万全です。
次に我が疑問、浮上してしまったら外部との接続が全く絶たれてしまうので、「車内の照明や空調、通信等の電力はどこから貰うのでしょうか?」との問題を
解こうと、コーナーの各所を探しましたが、我が疑問に答える掲示が全く見当たりません。
皆さんも疑問に思いませんか。

案内のお兄さんに質問をしたのですがお兄さんは勉強不足か、納得を得る返事は得られませんでした。
どうも博物館の取りこぼしのようです。

帰宅後、早速パソコン検索でこの疑問を調べた結果、リニア開発期にこの問題に対しかなり悩んだようで、当初は車内でガスタービン発電を検討したようです。
その後、磁界誘導で地上から非接触で電力を取込む方式が確立し落着したようです。
この疑問をどこかの試験問題にしたら面白いぞと思いました。

そして午後リニア・鉄道館を後に、再び名古屋に戻り、今度は名古屋市科学館の大直径のプラネタリュームを観賞。
土産に名古屋名物「ういろう」を買い新幹線で帰宅。

久々の名古屋旅、今回は3日間で、犬山城、有楽苑、明治村、徳川美術館、徳川園、リニア・鉄道博、名古屋市科学館・プラネタリューム観賞という
明治と近代を学ぶ傘寿の修学旅行。
これだけのものが直系30~40キロ圏内に収まっているのが名古屋という地を改めて見直し、重い荷物を抱えて3日間の行動はかなりのハード、ああ草臥れました。


http:

 

横八仲間 筑波を行く

 投稿者:石川勝之助メール  投稿日:2017年 5月19日(金)12時52分24秒
返信・引用
  5月17、18の両日横八レクは近藤礼三君企画、案内の下、茨城県筑波方面へ足を延ばした。
目標は筑波学園都市と筑波山。少々小雨の洗礼を受けたが、全員無事帰宅でき、幹事さん、
参加者の皆さんお世話になりました。ありがとう。

筑波学園都市はすでに半世紀以上前から計画され実施された国家的大事業である。
もともとこの地域は首都圏では開発が遅れた地域と見做されていた。
地味が農地に適さないことも土地収用が比較的容易になされたと聞いている。
首都圏特に東京の都心部に散在していた国立の各種研究所、そして大学を誘致して
学園都市を建設する雄大な構想が検討された。
しかしこれだけ大規模な地域開発となると地元の利害、政府の予算配分の問題が発生、
そこには不透明な利権獲得競争が発生する。
批判したい側面は多々あるが我が国には前例のない地域総合開発がなされたことは高く評価したい。
現在も工事開発は続いているが後世に誇る大事業である。
私は10年位前まで筑波大学の教授とあるプロジェクトを共同遂行したので
当時はつくば市へは東京駅で発着するバスで再々訪問した。
今回つくばエクスプレスに初乗車感銘を受けた。
また当時は若木であった樹木も現在は成長し地域の景観を彩っている。
1985年のつくば万博を憶えている人も多いことだろう。
様々な国や企業がパビリオンを連ねたこの万博(国際科学技術博覧会、科学万博、つくば '85)
はまさに21世紀に対する期待の縮図という位置づけだったと今回考えた。
その跡地にあるエキスポセンターへ到着、隣接のレストランの食事には少々不満が残ったが、
いわゆる「人工都市」では周辺の付帯物が調和するのは意外と困難な問題だと見受けられる。
現在でも米国南西部の料理は評判がよくないが、これと共通しているのかナと一人で邪推した。
エキスポセンターのプラネタリウム、展示室は予想以上である。
しかし、このような場所には大博物館があればナアと独り言をつぶやいた。
無駄な高齢者医療の予算を削減してでも、もっと文教予算を増額すべしとの
持論がまたもや脳裏を走った。


筑波山は日本百名山の中でも最も標高の低い山、しかし天候のよい週末は大量の登山客で
賑わう人気の山である。
往時、一度登山の経験はあるが今回は意外と体力の負担を感じた。
思っていたよりも登り甲斐があり、山頂からの眺望も1000mに満たないとは思えないほど優れていて、
「西の富士、東の筑波」と称されるのも道理だと思った。
つくばエクスプレスやバスの中から望む筑波山の姿はまわりに峰がないだけなおさら圧巻であり、
なるほどこの山が古くから熱心な山岳信仰の対象とされてきたのもうなずける。
 そして、筑波山の魅力はなんといってもその手軽さだろう。茨城県に座しながら、
都心から1時間強で行けるというのが素晴らしい。
標高差はそれなりにあるが (656m) 決して難易度の高い登山ではないし、
ケーブルカーが通っているので体力面に不安があればそちらを使うこともできる。
手軽さのわりには遠くの景色はよいのだが、足元は滑りやすい岩が露出しているので
特に高齢者は滑らないよう十分に注意を払うことが肝要だ。
途中近隣の小学生の遠足集団とすれ違い。その中の一人の坊やの真っ赤なほっぺたをつい手で
触りたくなったので、「触ってもイイか」と聞いてみたら元気な声で「イイよ」の返事。
仲良くなったらその坊やに「オジシャン カックゥいいな。西部劇みたいだもん」と言われて
こちらはにんまり。小学生は実に可愛い。小学生を誘拐したい気持ちが少し理解できた。(笑い)
ガマの油伝説に基づく自然石の巨岩奇岩もユーモアを感ずる。


「筑波嶺(つくばね)の 峰より落つる 男女川(みなのがは)
      恋(こひ)ぞつもりて 淵(ふち)となりぬる」
                   陽成院が小倉百人一首で詠んだ名句。


 

こちらは葉山へ

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 5月 6日(土)12時44分26秒
返信・引用 編集済
  伊藤君義郎君ご夫婦で我が縄張りの横浜へお出でなら、私は一人寂しく伊藤君宅の庭先の葉山三ヶ岡緑地公園へ出掛けました。
3,4,5日とあまりにも良い天気、5日の午後、一人突然家を飛び出し横須賀線に乗り逗子駅へ、バスに乗り旧役場前で下車、
伊藤君宅はこの近辺だなと思いながら、三ヶ岡緑地公園へのつつじコースを上り始めました。

このハイキングコースはこれまでは全く知りませんでした。
今年に入り、2月頃かなあ、葉山にお住まいの神澤さんが皆さんで行きましょうとSetting、残念ながら当日が雨で中止となりましたが、
近いうちに是非行ってみたいと思っていました。

このコースの皆さんご存知の葉山の通りの海岸側の大峰山という名の標高140Mの目の先の山に上るのです。
これまであまり知られていなかったのは、いわゆる独標で、頂上は低いのに道が急過ぎて普通の人は近寄り難かったのかも知れません。
それが葉山自慢として紹介されるのは、やはりお金を掛けて立派なハイキングコースとして整備されたからなのでしょう。

コースタイム30分で標高140Mとなると短いながらもアルプス並みの山登りです。
こりゃあ面白い、よしやと挑戦、なるほど最初では勾配がきついので自然の山道では滑って危険なので階段に治され、やがて山道に代わり程なく尾根にでます。
伊藤君の話では昔は険しい崖路で悪ガキでも敬遠した程の道なき悪路だったそうです。
今は急勾配ながらもよく整備され、私はハーハーゼイゼイ、ノンストップとは行かないまでも20分で東2峰広場に到着。

逗子湾を眼下に富士山が見渡せる素晴らしい景色、なんとゴールデンウイークなのに逢ったのは一組だけ。
そして、西2峰広場を通り今度は葉山湾を眼下に独り占めは勿体ないばかりです
そして真名瀬コースを下り海岸通りに出ました。

そしてついでにもうひと踏ん張りと逗子駅までを歩きジュースを一飲み、横須賀線で東戸塚に下車、自宅着はなんと午後4時半。
家内いわく、さっき出掛けたのに、もう帰って来たのと呆れ顔。
ひとりウオークとはこんなものなのです。
ゴールデンウオークの午後の快適なひとりウオークでした。

写真3枚下のURLをクリックすると「三ヶ岡山緑地」の紹介にアクセスします。
皆さんも是非お出掛け下さい。そしてピーク140mの上り下りに挑戦して下さい。

http://www.hayama-park.com/about/index02.html

 

微笑ましいエッセイ。

 投稿者:成瀬哲郎メール  投稿日:2017年 5月 6日(土)08時41分31秒
返信・引用 編集済
  伊藤義郎君のショートエッセイには感動しました。実に簡潔な書き方で、それでいて人を引き付ける魅力ある書き方です。

書き出しを読むと、重い腰をおもろむに上げて、オー何処か海外にでもお出掛けなのかなと言う雰囲気でしたが、何と葉山から横浜までの高速バスによるショートトリップ。特に目的もなく、老夫婦がただ昼食して買い物して帰宅しただけと言う話ですが、連休での繁華街の混み具合が良く描写されて動画を見ているように楽しめました。

帰り路は関内でお花のフェスティバルを鑑賞し、横浜公園を散歩し、大船駅での夕飯の買い物・・・・電車内では席を譲られたとか・・・・老夫婦の日常のたまたまの気晴らしトリップの様子が素晴らしい描写で良く分かりました。
 

皆様、大型連休をいかにお過ごしですか?

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 5月 3日(水)12時34分50秒
返信・引用 編集済
  世間では大型ゴールデンウイークがスタートし、ラジオやテレビは大渋滞何キロと騒いでいます。
といってもサンデー毎日の我等後期高齢者には、別世界の出来事のようでピーンと来ません。
我等にはあまり関係のないこの連休、皆様はどう過ごしつつあるのか、またこれから過ごすのか?
チャットにユーモアたっぷりに書き込んで下さい。
 

足立君の葉山アルプス

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 4月24日(月)18時50分39秒
返信・引用 編集済
  足立君の歩いた葉山アルプス、私は初耳なのでどんなルートかなあと思って早速ネット検索、その結果、多くは三浦アルプス・南尾根ルートと
呼ばれ低山の山歩きとして最近の人気ルートだそうで私は知りませんでした。

JR田浦駅から三浦半島を縦断し約12キロの葉山町へ,あるいはその逆で最高地点は乳頭山の約202m、途中ジャングルまがいの沢やヤブ、
標識が不完全な箇所、スズメバチやマムシの危険、
等々があり下手すると遭難しかねない気軽なコースではないようです。

三浦半島にもまだまだこのような場所があったとはうれしい限りです。
書き込みの中には、歩くには飽き足らず、クロカンまがいに連続走破した若者もおり、5月には傘寿の80歳になる私は、我が後期高齢と体力の衰えを恨みました。

足立君、貴方もこの機会にデジカメ写真を加えたら面白いですよ。

 

近場のハイキングコース

 投稿者:足立政隆  投稿日:2017年 4月22日(土)15時18分44秒
返信・引用
  驚きました。こんな近場にハイキングコースあろなんて!
一昨日、田浦~葉山町を歩きました。じじ、ばば総勢20数名、コースは、JR大船発8:52分田浦駅→田浦梅の里→乳頭山→観音塚→葉山町役場→葉山町小学校バス停 バスにてJR逗子駅へ。

このコース、通称、葉山アルプスと言うだけあって、結構キツイ、キツイ。でも楽しいハイキング
でした。

 

卯月のうた

 投稿者:大川宗男メール  投稿日:2017年 4月 3日(月)18時45分23秒
返信・引用 編集済
   「こっつぁむい(小寒い)」
      生前母の口癖を思いださせた卯月ついたち


頭痛持ちの母が亡くなってから20年、TVの天気予報図をみて「ほら、低(気圧)、低、低だ!と
言うのも口癖だった。


 熱い湯を ぬるめた水が混ざらない風呂にいるよなこの頃陽気

背中に悪寒がはしるような、階段上るときにクラクラするような春欝の日の多い弥生月でした。

 ポピュリズムあふれるTV週刊誌 「池」にはまって吾もポピュリスト

3月23日は午前中WBC決勝、午後は「籠池証人喚問」に釘付けでした。

 丑年の八期同輩月毎に 傘寿迎えるこの四月から

寅年の小生、ちいっとは余裕があるのかな?

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横高ラグビー部イングランド遠征記事を読ませて頂きました。

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 4月 2日(日)09時55分0秒
返信・引用 編集済
  吉田君、久々の投稿を感謝、横高ラグビー部イングランド旅行記事を読ませて頂きました。
部活の延長と云ってもいい、素晴らしいビッグ修学旅行、参加したラグビー部員の諸君達は、どんなにか視野が広がったか計りしれない収穫を得たことと思います。

我等の65年前の奈良・京都の修学旅行の話題が、今もって時に酒の席に話題に出るように、修学旅行の様々な思い出は、教室の授業以上に我々の記憶に残っています。
横高も今度ますますワールド・ワイドに成長することを願い、我ら後期高齢者諸氏諸姉も傘寿・80歳を直前に控え、老い込んではいかん、視野を広めようではありませんか。


 

横高ラグビー部イングランド遠征

 投稿者:吉田隆司メール  投稿日:2017年 4月 1日(土)11時54分51秒
返信・引用
  ラグビー部はマルボロカレッジの招待を受けイングランド遠征を行いました。   遠征は学校行事ではなく

OB会主催の60周年記念遠征として行いました。   県立高校では考えられない海外遠征です。

松山先生とOB諸君等のご協力により実現しました。

参加した生徒たちは最高の「おもてなし」を受け、素晴らしい体験と見識を広め生涯の糧と思い出になる

でしょう。

遠征の記事はラグビー部のホームページに詳しく載りました。

【 是 非 見 て 下 さ い 】

 横八HP最下欄№9 〇朋友会母校関連のURL をクリック

 横高ラグビー部HP (http://yrfc.d2.r-cms.jp/) をクリックする。

なお、ラグビー部を7年間指導して、県立高校では県下Ⅰ位にして下さった松山吾朗先生は残念なことに

4月より平塚工科高校にご栄転されます。  深く御礼と今後のご活躍を祈ります。
 

稀勢の里、奇跡の優勝

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 3月27日(月)09時03分54秒
返信・引用 編集済
  稀勢の里、奇跡の優勝、白鵬の影薄くなり。  

WBC,日本敗れたり

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 3月22日(水)18時52分41秒
返信・引用
  日本サムライJapan、準決勝でアメリカに敗れたり。
選手全員良く頑張った。やはりアメリカは強かった。
しいて言えば最後の試合、大谷が欲しかったなあ。
 

WBC試合に熱中する

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 3月13日(月)15時59分50秒
返信・引用 編集済
  WBC侍ジャパンは練習試合では単独チームに敗れるなど、チームの結束や実力に疑問視された。
しかし本戦に入るとさすがは日本代表チーム、これまでの悪評は霧消し、その戦いぶりに日本中が大声援である。
1次リーグを3戦全勝で通過し、昨12日の二次予選の第1戦は好投手ヴァンデンバーグ(ソフトバンク)がエースの強敵オランダ戦である。

ところでオランダやイスラエルが野球をやるなんて?
ヨーロッパ人はサーカー民族で野球には縁遠い国だと知られているが、オランダにも野球のリーグ戦があり、しかも今回のオランダチームの主力5人は現役大リーガー。
また中近東の異端、イスラエルがオランダ以上に野球強国とは、野球を愛する国の分布図は近年大幅に変わっているようです。

さて、対オランダ試合開始、前半は2回終了時1-1の同点、3回表、日本は中田のホームラン等で4点を加え5-1のリード、幸先良しと思われたがその裏オランダも
4点を取り同点、両チーム攻守とも同じ経過の攻防戦。
しかし、5回表、日本は1点を加え6-5とリード、その後オランダは毎回得点のチャンスがありながら、あと一歩で点が取れず9回を迎えました。

日本逃げ切りかと期待を抱かせたが、その裏オランダは1点を加え同点、そしてあわや逆転かと思わせなながも辛くも抑え延長に突入、10回は双方ゼロ。
時計は既に11時を回り規定に従い延長11回からのタイブレークに入りました。
タイブレーク、11回表ノーアウト・ランナー1,2塁の設定でスタートした日本は、バントでランナーを2,3塁に進め、見事中田のタイムリーで2点、この裏オランダの攻撃は
あと一歩というところでキャッチャーフライでゲームセット。

日本人なら誰しもがほーっと胸を撫でました。

この試合は将に全インニング11回の死闘、観客は試合終了までスタンドは超満員のまま、私はコタツに入ったまま数時間トイレにも行かず画面に釘付けでした。
4万数千人に観衆は深夜にどうやって帰るのだろうかなど考える余地を与えず。
 *試合終了時、東京ドーム周辺にタクシーが集中し交通渋滞になってそうです。
近年、いやこれまでに観戦した最高のゲームでした。

昨14日(火)の対キューバ戦、なんとか勝利で5戦連勝、出来すぎるかな?
次はイスラエル戦なんとか勝って欲しいよ。
頑張れ、頑張れ、ジャパン!

それにしても深夜零時に勝敗が決まった結果が、早朝4時半にポストに投函される朝刊に掲載されているのは,世界各国の中で多分日本だけかも知れません。
勤勉ジャパン、ご苦労様です。

 

何が彼等をそうさせたか

 投稿者:石川勝之助メール  投稿日:2017年 3月 1日(水)23時16分18秒
返信・引用
  近藤君の投稿した公共交通機関の座席の光景に私も同感し、かつまことに情けなく思っている。
そこで私の体験記を二つ紹介しよう。

1.混みあう列車の「優先席」に健康な中、高生が座っていると無性に腹が立つ。
ある日JR藤澤駅で東海道線下りに乗車したところ満席で私は立っていた。
周辺の若い成人、学生は盛んに親指を動かしスマホの検索に没頭して周囲に関心はない。
そこへ杖をついた高齢者が乗車してきた。さてどうなるか、
成り行きを見守っていたが何ら変化は起こらない。

すると4、5人離れた座席に座っていた、私よりも先輩とおぼしき婦人が見るに見かねて席を譲るつもりで
目配せをしているのだが、杖を突いた高齢者には伝わらない。
そこで私は両者の仲介をして杖の高齢者を案内してやっと座席につかせた。
その高齢者は席を譲った婦人と私に何度も平身低頭感謝を表明した。
私はその婦人に「ここでも老老介護ですネ」と笑顔を作り、
わざと周囲に聞こえるように伝えたところ、その婦人は「寂しい世の中になりましたネ」
と眼鏡の奥から優しい眼差しながら、憮然とした態度で答えた。

2.3,4年前2回に分けてイタリアとスペインを訪問したことがある。
大都市内の公共交通機関(地下鉄、バス)は決して綺麗、清潔とはいえない車輛が多く、
しかも車内にはスリが往行していることはよく知られている。
しかし感心したことがある。
公共交通機関に私が家内と乗車すると満席状態だと目が合えば必ずニッコリ微笑み
「prego」または「de nada」(どうぞ)と席を譲ってくれる。
こちらも数少ない、自分の知っているイタリア語、スペイン語で
「grazie」または「gracias」(ありがとう)とお礼を述べる。
この体験は数え切れないほどあり、単純に国民性では説明できない。
帰国後ある席で同席したイタリア人とそのことを話題にしたが彼の回答は
「そんなことは昔から決まっていて当たり前だ」と軽く往なされた。
宗教(カトリック)の影響かと想像しているのだが、まだ本当のところは不明である。

当時から金融、財政問題でこの両国はEU・ユーロ圏の中でお荷物・問題児扱いされ始めていた。
国民の生活振りも決して楽だとは思えないし、物乞いまたは定職のなさそうな若者が各地で散見された。
このように経済的には諸問題を含んでいる国であり、
とかく日本人はこの両国の国民を軽視する風潮があるがとんでもない認識不足だ。
むしろ生活態度に余裕が感じられ、精神は豊かなのだと最近は尊敬するようになった。
事情が許せば私はこの両国を終の棲家にしてもよいと半分本気で考えたこともある。
 

先が思いやられる

 投稿者:近藤礼三メール  投稿日:2017年 3月 1日(水)09時51分47秒
返信・引用 編集済
  昨2月28日、十数年ぶりに横浜の秋葉原と云われるJR石川町駅から徒歩3分とところにある場所を訪れた。
駅北側改札口(中華街側)を出て中華街の方向とは反対側、JRのガードをくぐり右手30m程歩くと、角に雀荘看板がある3階建てのビルの入口を入ると、階段正面に「電機のデパート」という小さな看板がある。
これを目印に薄暗い階段を2階に上ると、中廊下の奥に電機部品のパーツ専門店が2軒ある。

 *電機マニアの方ならご存知と思いますが、パソコンで「横浜の秋葉原」と打ち込むと2,3の記事が
  出てくるので、これらを参考にしないとなかなか辿りつけません。

以前訪れたのは十数年前、もう無くなったかな、と思ったら殆ど昔と変わらない店構に、不愛想な店主も多分同一人物だと思うが、デジタル時代だというのにアナログ時代の電機パーツが相変わらず並び、まさに20世紀の遺物たる貴重な存在です。

私は十数年前と同じくオーデオコードのパーツを購入し、石川町駅に戻り帰路は大船に立寄りたいため下り電車に乗った。

石川町駅には私立中学校が多く丁度帰宅時間であり、多数の男女中学生が乗り込んで来た。
流石に私立校、生徒達は制服を着込んだ見るからにお坊ちゃん、お嬢さん達である。

しかし、ここで呆れたのは、空席を探して座り込む生徒が少なからずいることであった。
石川町から終点の大船までは数駅、立ったままでも10分足らずである。
ああ情けなや、幼い時から甘やかされているか、学校の指導が欠けるのか。

  *昨今ではエチケットは部活で教えられたとか、社会人になって初めて知ったとか。

子供や男子は立つのが当たり前と躾けられた常識やエチケットは影が薄くなったようである。

 

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