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会津の崎の謎が少し

 投稿者:会津からの異邦人  投稿日:2005年 6月 5日(日)13時04分0秒
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  福島県知事と会津若松市長が利尻に墓参のため訪れた記事が福島の新聞(地方版)に掲載されました。福島民友によると『佐藤知事と菅家一郎会津若松市長は13日、北海道・稚内沖の利尻島を訪れ、江戸時代後期のロシア警備に当たりながら没した旧会津藩士ゆかりの地を墓参し、献花した。会津藩は1808年、ロシア来週の危機感を募らせた江戸幕府から北方警備を命じられ、多数の藩士や農民を派兵。しかし、樺太からの帰途に台風で船が難破したり、極寒の地で風土病で無くなる藩士が相次いだ。利尻島には一時、250人が警備に当たったという記録があるという』 と言うことは、『会津の崎』が何故、礼文島にあるのかが、少し判ったような気がしました。  
 
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