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 投稿者:知足  投稿日:2016年 1月 7日(木)22時20分7秒
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  ヨハネの福音書4:24が答えです。「神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません」とありますね。「神は霊」の「霊」は、神の本性を表しており、我々が「霊とまことによって礼拝」するというその「霊」は、生物に与えられている「霊」を指しています。「~ですから」とありますが、原文では「カイ」という接続詞であり、ここでは必ずしも理由を述べる意味はありませんが、同じく「プニューマ」としての関連性ないしは呼応性は否めません。
では、その関連性ないしは呼応性とは何か?ということになります。それは創世記1章26~27節にあるとおり、人間は創造主なる神の似姿(イマゴ・デイ)に造られたというのは、まずもって人間が物質を超えた存在として造られたということであり、これが「霊性」ということです。ただし、「霊」というと雲でもつかむようなわけのわからない感じになりますが、聖書が啓示する神はそうではありません。人間が「神の似姿」であるということは、人間に肉体があるとおり、「神」にも(肉体〔=物質〕ではないにせよ)それなりの「体」があるということです。
それで、「霊」に関しては、神も人間も物質を超える存在ということで、その本性・本質における交流が、「霊とまこととによる礼拝」です。ちなみにここで「まこと(真理)」をイエス・キリストだと主張するのは教会のドグマに洗脳されている人間です。原文では「霊と真理において礼拝しなければならない」であり、ここでの「真理」は「真実」と訳した方がいいかもしれません。要は真剣な気持ちでのぞめばよいのです。難しく考える必要はありません。
 
 
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