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滝沢氏の「三位一体」論(?)

 投稿者:閲覧者  投稿日:2016年 5月17日(火)13時15分58秒
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  以前、どこかで滝沢克己氏の「哲学的神学」の思想にも「三位一体」があるようなことを見たので不思議に思ったのです。ehyehistさんが書いておられる豊田氏の指摘通り、滝沢先生はキリストの神性を否定しておられる・・・・、つまりキリスト教における、イエス・キリストの「真に神で真に人」というカルケドン信条における「真に神」の面は第一義の接触と第二義の接触との区別により否定したことになっているからです。しかしキリスト教の「三位一体」という神についての教義は、イエス・キリストが「父なる神」と「同質(ホモウシオス)」であるということ、すなわち神であるということから展開されているわけですから、キリストの神性を否定したのでは「三位一体」を肯定することはできないはずです。
ところで、滝沢先生と対論された八木誠一氏は、『無心と神の国』(青土社)という著書の中で仏身論に対する誤解にふれておられ、「三身論」をキリスト教の「三位一体論」に対応させることは不適当だと言われます。これをキリスト教の教義に対応させるなら、「三位一体論」ではなく「キリスト論」に対応させるべきだと。
「三身」とは「法性法身、方便法身(報身)、応身」です。これは「ロゴス、ロゴスの受肉態(=キリスト)、イエス」に対応するとのことですが、滝沢先生のキリスト論における(第一義の接触と第二義の接触の区別)はまさに、ロゴスと、ロゴスの受肉態との区別に対応するようです。そこで滝沢先生に三位一体的なものがあるとすれば、「神、インマヌエル、イエス」だそうです。滝沢先生において「キリスト」は「インマヌエルの原事実」だからです。「神」と、「神人の原関係」と、その「原関係」ないしは「原事実」に「目覚めた人」、この三位一体です。
「聖霊」にあたるものは、その「目覚め」させる働きであり、ここでは表面に出てきません。
「インマヌエル(神我らと共に在す)の原事実」は「第一義の接触」であり、この「原事実」に目覚めることが「第二義の接触」になります。この「第二義の接触」において言わば「超個の個」が成り立つというわけです。それも「一息」に成り立つという意味での「超個の個」です。
秋月龍珉氏は、「第一義の接触」が「超個の個」だと言うのですが、八木氏によると、滝沢先生においては「第二義の接触」が「超個の個」だと言う。なぜなら、「第一義の接触」においては「目覚め」た「個」がまだ成立していないからです。これに対して秋月氏は、「目覚め」ではいないにしても、「第一義の接触」が「インマヌエル(神我らと共に在す)」である以上、「我ら」を成り立たせる「個」がなければ意味をなさないのでは?と反論しますが、もっともな話です。これに対して八木氏の滝沢解釈においては、「超個の個」の「個」というのは単なる「個」ではなく、あくまでも「目覚めた個」を言うのだ、とのことです。
いずれにせよ、こういう事態を、キリスト教の伝統的用語である「三位一体」を用いて言い表すこと自体に問題があると私は思うのです。
八木氏もまた、キリストの神性を認めておられないのに「三位一体」を言われるわけで、その「三位一体」というのは表現こそキリスト教教義のそれと同じですが、内容は全く違うのです。つまりキリスト教の場合、神を「実体」とか「人格」として捉える伝統があるので、そのような神観を前提とする「神」を分節したら「父なる神、子なる神、聖霊なる神」になるというわけです。「子なる神」とは言ってもキリストの神性を認めないのだから、実際には、「神、キリスト、聖霊」という三位一体です。
八木氏の神観は「実体」ではなく「働き」であり、これを分節したら、「働きの出どころ、働きそのもの、働きかけ」の三つに分節され、キリストは「働きそのもの」に該当するというわけです。
これはキリスト教からみれば「三位一体」とは言えないことは当然です。そもそも「三位」の「位」、「位格」と訳された語はギリシャ語でヒュポスタシス、ラテン語でペルソナであり、「一体」の「体」と訳された語はギリシャ語でウーシア、ラテン語でスブスタンティア(又はエッセンティア)であり、要するに存在論的概念なので、八木氏の言う「働き」を示す概念とは言えないわけです。「働き」の三分節を「三位一体」と言い表すこと自体に無理があります。八木氏は「存在論」とか「実体論」に対して「場所論」とか「作用論」といった表現を用いておられるので、キリストの神性を否定する以上、「三」と「一」とを組み合わせることがよしとして、「位格」とか「実体、本質」などといった用語が使用すべきではないでしょう。
 
 
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