スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成

新着順:17/1852 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

野分のまたの日

 投稿者:石川勝之助メール  投稿日:2019年10月12日(土)14時51分56秒
  通報 返信・引用
  「野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ」台風の次の日こそしみじみと趣深い、
などと平安朝の才女は記したが、みやびな境地に浸るべくもない現代の我々は、備えを固め、
避難所や経路も確認し、不便に耐えて、嵐をやり過ごすほかあるまい。「野分のまたの日」
を安堵し迎えるために。

平安、鎌倉時代の古文書にも大災害の模様が随所にみられるが、それらの多くは現在の9月、
10月に発生しているようだ。当時はモノを書き残す階層は限定されていたようで皇族や貴族
はその時の心情を和歌に委ねて近隣者に伝えた。現存する記録といえるものは宮廷の女官と
か、宮の神官、出家した僧侶により残されたようだ。そのなかで、鴨長明は代表作方丈記で
自然災害以外の人災についても言及しているが、火事、飢饉などの描写を読むにつけても変
わらぬ人間の性(さが)に戦慄を覚える。

「文明の利器とか言へるものほど、便無きもの(不便なもの)はあらじ。いみじうすさまじ
きものなり」などと平安の才女たちはしたり顔で日記や随筆に追加していることだろう。つ
まり停電・断水の下でのテレビ、冷蔵庫、水洗便所、そして水没した自動車などは全く間の
抜けた文明の代物だと書き連ね、後の代を痛烈に批判している。とはいえ21世紀に生きる我
々にとっては停電、断水のある現代社会はやはり便利な世の中なのだ。

 
》記事一覧表示

新着順:17/1852 《前のページ | 次のページ》
/1852