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大統領選・ボクのアメリカ①

 投稿者:大川宗男メール  投稿日:2020年11月21日(土)00時04分56秒
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  かの国の統領決めるなりゆきに
      時を忘れた巣ごもりの日々

この2ヶ月間、トランプ大統領の再選なるかどうか、わが国のTV報道に日々夢中になっていました。
はっきり言ってぼくはアンチ・トランプ。
彼の負けるのを見たい一心とかつて20代の若い日々をあの地で送った思い出をダブらせて蘇らせ
ながら日々を過ごしていました。

ボクが北米に滞在したのは1962(24歳)~65までがロス・アンジェルスのUCLA(加州大学ロス校)
1965・9~1969・4(30歳)がニューヨーク・マンハッタン音楽学校・ジュリアード音楽院。
つまり西海岸と東海岸に居た年月が米国滞在7年4ヶ月のちょうど半々になります。

その間、バス旅行でLA~NY・NY~LA・LA~NY、とコースを変えての3度の大陸横断を経験をして、
あの大陸の想像もつかない広さを身を持って体験。
今回各州選挙人の数を記した合衆国の州地図をTVで見るたびに、懐かしく思い出されるのでした。

石川氏がアメリカ政治史や日本との関係を正鵠に述べていましたが、あえて加えるなら戦後の
学術芸術文化関係でのフルブライト留学生制度の影響がわが国に与えた価値は相当なものでした。
間接的ですが芸大にフルブライト交換教授で来日したポッパー博士の推薦、スポンサー探しなどの
ご尽力でボクの北米留学ができたのですからボクにとってもフルブライト様様です。

さてオペラを含むクラシック声楽専攻の留学生であるボクはPHD(博士コース)専攻の死に物狂いで
勉強させられる日本人留学生とは違って、数多くのオペラ公演期間を除くと結構暇と余裕のある生活をしていました。
LAでの滞在後半では自家用中古車のポンティアック大型を乗り回していたのですから。

といっても貨幣レートが1ドル360円の頃のこと、留学を持続させる条件は厳しく以下の3つになります。
 ① 各校での月謝は全額奨学金でまかなうこと。その為の実力を示さなければなりません。
 ② 宿泊・生活費はアルバイトそして個人・各種の奨学金で全額を賄う。日本からの送金は期待しない。
 ③ 英語能力を含む自分のタレント性を売りだし、効率の良いアルバイトを探すこと。
   (例:教会聖歌隊のソリスト・日本から来た企業関係の通訳・ブリタニカ百科の日本版製作等) 


さてボクが経験したアメリカを今回の大統領選と関連付けて、以下の項目で具体的に述べたいと思います。
 ①オペラ仲間での黒人の問題 ②映画俳優と支持政党 ③ケネデイ暗殺の地訪問 ④ワシントンDC訪問
ホワイトハウス内部入館
 等。次回「僕のアメリカ②」で報告します。



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